旅日記
yuko,s 物語エッセイ〜小さな民宿シャンブル ドット〜
イタリア=ジェノバを越えたあたりから、急に太陽の光がまぶしくなった。キラキラした光の粒が、車内を照らしている。
コートダジュール=フランスまで、あと30分ぐらいだろうか…。
電車は国境を越え、モナコを通り過ぎて、ニース駅=フランスでとまった。
ほんとうに来てしまった。南フランスだ
映画(プロバンスの贈り物)でみたあの陽の光。その中に佇む自分にうっとりと…なんて自己満足してる余裕はない。
さっそく荷物をまとめて、電車から降りた。
やっと見つけたエズ行きのバスにのりこむ。
バスは、くねくねした道を上へ上へと登っていく。
気づくと眼下に広がるのは、紺色の海。
コート・ダジュールだ。
鷲の巣村とも呼ばれる山岳地帯の小さな村は、その昔、敵から身を守るため崖の頂上に作られた。
狭い路地が続く村の中は、小さなお店がたくさんあって、まるでおとぎの国に迷い込んだようだ。
太陽の光が、ピンク色のブーゲンビリアをより一層ひきたて、輝かせている。
観光の目的など大してなかった。観光ならとなりのモナコやニースの方が断然いいにきまっている。
なのに・・・。なぜ⁇
実は、私には是非とも会ってみたい人がいた。
ただそれだけの理由でこの崖の頂上までやってきたのだった。
日本を出る前に予約しておいたこの宿は、もともとは馬小屋だったそうで、そこを自力でリフォームし、シャンブルドットとして見事に完成させたという。
そんなマダムに会ってみたいと思った。
最近は沖縄でも民泊が流行ってる。
しかし、これっというものがない(まだ巡り合ってないのかもしれないが)
ブーゲンビリアの花や、陽光の輝き、エメラルドグリーンの海。
南フランスと沖縄では、共通するものも色々あると思うのだが、それなのに、何かが違う。
異国の文化や習慣から学ぶ事は多い。
しかし、単なるツアーや他人任せの旅行では、その価値は半減するように思う。
自分が何に関心があって、何を学び体験したいのか。
そういうことを突き詰める事は、とても重要で、旅はもちろん、生活や仕事の質も変わってくるように思うからである。
この経験で、私が学んだこと…は、
風が吹き抜けるような、気持ち良さを感じるぐらいの思いや、あるいは信念は、現実になるんだということ。
南フランスには、確か有名な画家たちが多くいましたね。ゴッホやセザンヌ、マティス、ピカソなど…。その芸術家たちの作品に多く触れることも、きっと美的感覚(センス)が磨かれていくのだろう…と思います。
この物語エッセイは、実際の私の体験と、創作を交えております。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
整体ひやね、浦添ヨガ、豊見城リビングyoga
http://www.seitai-hiyane.jp/
コートダジュール=フランスまで、あと30分ぐらいだろうか…。
電車は国境を越え、モナコを通り過ぎて、ニース駅=フランスでとまった。
ほんとうに来てしまった。南フランスだ
映画(プロバンスの贈り物)でみたあの陽の光。その中に佇む自分にうっとりと…なんて自己満足してる余裕はない。
さっそく荷物をまとめて、電車から降りた。
やっと見つけたエズ行きのバスにのりこむ。
バスは、くねくねした道を上へ上へと登っていく。
気づくと眼下に広がるのは、紺色の海。
コート・ダジュールだ。
鷲の巣村とも呼ばれる山岳地帯の小さな村は、その昔、敵から身を守るため崖の頂上に作られた。
狭い路地が続く村の中は、小さなお店がたくさんあって、まるでおとぎの国に迷い込んだようだ。
太陽の光が、ピンク色のブーゲンビリアをより一層ひきたて、輝かせている。
観光の目的など大してなかった。観光ならとなりのモナコやニースの方が断然いいにきまっている。
なのに・・・。なぜ⁇
実は、私には是非とも会ってみたい人がいた。
ただそれだけの理由でこの崖の頂上までやってきたのだった。
日本を出る前に予約しておいたこの宿は、もともとは馬小屋だったそうで、そこを自力でリフォームし、シャンブルドットとして見事に完成させたという。
そんなマダムに会ってみたいと思った。
最近は沖縄でも民泊が流行ってる。
しかし、これっというものがない(まだ巡り合ってないのかもしれないが)
ブーゲンビリアの花や、陽光の輝き、エメラルドグリーンの海。
南フランスと沖縄では、共通するものも色々あると思うのだが、それなのに、何かが違う。
異国の文化や習慣から学ぶ事は多い。
しかし、単なるツアーや他人任せの旅行では、その価値は半減するように思う。
自分が何に関心があって、何を学び体験したいのか。
そういうことを突き詰める事は、とても重要で、旅はもちろん、生活や仕事の質も変わってくるように思うからである。
「私のようなものの話が、どれほどのお役に立てるのかしら。ええ、メールは拝見しました。
それもわざわざ、日本から。どうぞどうぞ、まあとにかく、ゆっくりしていってね。」
それで、yukoあなた今おいくつ?45歳?
あら、若いわね。
私はニースで生まれニースで育ったわ。
中学を出てすぐに家政婦の仕事をはじめたの。ぞ存じの通り、コート・ダジュールにはたくさんのお金持ちが住んでいて、立派な別荘も数えきれないくらいあるでしょう。戦後、疎開先から裕福な方々が戻ってきて、働き口にはこまらなかったの。
私が働いたのは、高級住宅街に住む、芸術好きな銀行家の家。
掃除のあと、マダムは点検するように私に言うの。
こうして腰を屈めて、椅子の高さから見ると、水差しの取っての位置にテラスのてすりが重なってみえたはずよ。いいこと?掃除をする前に、あらゆるものを椅子の位置から注意深く見てごらん。そして、どういう理由でそれがそこにあるのか考えて、記憶しなさい。
ただそこに置いてあるだけのように見えて、それらのものたちはすべて、ご主人様の中で絵になり、物語になっていなければならないものたちでした。
すべてのものが、あるべきところにあって、あるがままに、そうでなければならない。
芸術家の視線の神秘を垣間見るようで、腰を屈めて注意深くそのものをみつめるたびに、私の心は踊ったものです。
これが芸術家の目線。美のひらめき、ひとめぼれの瞬間なのだ、と。
それから、結婚をして娘たちを育て、娘たちが嫁いでから、ニースのブランジュールで、大好きなパンを焼いてたの。
短時間のパートよ。この歳だもの。
毎日、見ていたわ。
通りすぎる人々。通りすぎる日々を。
ある日、考えたの。
べつの生き方を。
どこかに留まり、根を張りたい。大地に種をまいて実りを待つような、そんな生活を送りたい。
以前から思っていたのね。いつかシャンブル・ドットを営めないかな、って。素朴で居心地のいい民宿。
毎日少数のお客さんを迎えて、ほっとするような、そんなシャンブル・ドットのおかみさんになれたらいいのにって。
フランス地方でよく見る小さな民宿。シャンブルドットは空いたお部屋をゲストへかしてあげることからはじまったらしい。
手作りの温かい朝食は、旅人をほっとさせてくれる。
「もちろん、その時は私の夢ね。
でもね、毎日パンを焼きながらそのことを考えるの。そうすると、自分の中に風が吹きぬけるようで気持ちいいの」
来る日も来る日も考え続けたわ。具体的な道筋。経済的な問題。成功の可能性。
なによりも決定づけたのは、私の中に経験としてある、芸術家の目線(美的感覚)かもしれないわ。
それから、長い歩みが始まったわ。シャンブルドットの実現へ向けた道のり。しかし急ぐことはない。楽しみながらこつこつやっていこうと思ったの。
パンを焼くようにね(笑い)。
この経験で、私が学んだこと…は、
風が吹き抜けるような、気持ち良さを感じるぐらいの思いや、あるいは信念は、現実になるんだということ。
南フランスには、確か有名な画家たちが多くいましたね。ゴッホやセザンヌ、マティス、ピカソなど…。その芸術家たちの作品に多く触れることも、きっと美的感覚(センス)が磨かれていくのだろう…と思います。
この物語エッセイは、実際の私の体験と、創作を交えております。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
整体ひやね、浦添ヨガ、豊見城リビングyoga
http://www.seitai-hiyane.jp/